例のパブコメ(「エネルギー・環境に関する選択肢」に対する御意見の募集)、先ほど、〆切10分前に投稿しました。はあはあ。
力んで書いたけど、時間なくて最後の方が文章寸詰まり。
でも、出すことが大事。と思って。
<ご意見の概要(100字以内)>
(1)のゼロシナリオで行くべきだ。原発安全神話の夢から覚めた今、国民は将来世代のための生命の安全と、美しい国土の環境保全をまず望んでいる。経済問題等のピンチは政策転換によりチャンスに変えられる。
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このようなイベントをやります。
http://sapporosocialmedia.blogspot.com/2012/02/4-20122256.html場所は「フェアトレード雑貨&レストラン
みんたる」(北区北14条西3丁目2-19 Tel:011-756・3600)
2012年2月25日(土)午後6時~からです。ドリンク代500円のみいただきます。
(終了後、ゲストにも参加していただいた宴席に移行しますが、こちらの御参加も可能です。こちらの飲食代は、別途必要です。)
当日のゲストは2名。まず、
「『フクシマ』論―――原子力ムラはなぜ生まれたのか」で単なる原発推進/反対の議論を越えた非常に重要な視点を提供した、気鋭の社会学者・開沼博さんです。原発を立地した地方自治体の立場を、歴史、生活、地方と中央の関係などから、多角的に考察した書籍です。かなり話題になったので、読んだ方も多いと思いますが、泊原発を抱える北海道の私たちがどのように世論形成していけばいいのか、参考になるお話しをうかがえればと考えています。
ゲストのもうお一方は、泊村の問題を取り上げたドキュメンタリ―を作成したディレクターの方です。実際の現地がどのような雰囲気になっているのかなどよく御存じで、開沼さんと興味深いトークが交わされるのでないかと期待しております。
当日はお二人のトークをUstreamでも中継する予定ですが、イベントの中で上映される作品については会場でしか見られませんので、興味をお持ちの方はぜひ、直接御来場ください。そして話の輪に入っていただければと存じます。(URLは追ってこのブログにも書きますので、もう少々お待ち下さい。)
イベントの内容については、こちらに詳細があります。→
原発災害以降のメディアのあり方を考える「連続市民講座」会場で(そして遠くの方はUSTで)お待ちしております。
福島のお母さん達の非暴力の主張もそうですが、
小さくても、大きくても、多くの人が何らかの行動を取ることが、
きっとキーになるのでしょう。
こんなことを言うと、優等生的だとか理想に過ぎないとか
揶揄するヤツもいるでしょうが、
取るに足りません。ほっておきましょう。
でも参加の敷居を低くして、
デモもいいけど地元議員に電話FAXその他、
「あれ知ってるか」「あんたの意見はどうなんだ」とやっていく、
何もしらない(TVに騙されている)情報弱者にも、いろいろ伝えていく、などの
地道な繰り返しなのかも知れません。
マンガ評論を地元紙・北海道新聞にに時々書いているので、
「脱原発世界会議のレポートを書きたい」と申し出たら、
あっさりOKが出まして、昨日の夕刊に載りました。
言ってみるものです。
メディア批判の部分も添削はなく載ったので、
フェアに扱ってくれたと思います。
拙文ですし、1000字では会議の全体像をつかみきれませんが、
とにかく、コツコツ小さな行動、と最近の私は思ってます。
ご高覧をば。

阿部幸弘
本が届きました。とても嬉しいです。(青林工藝舎の浅川さん、ありがとうございました。)
明日(10月21日)発売とのことですが、北海道はどうか分かりません。
たぶん今月末までには買えると思います。

原発ジプシー(≒原発での被爆労働者)の実態を描いたマンガ2作が収録されています。
僕の解説は20枚くらい書かせていただきましたが、
おかげで、いくつかの関連書籍にしっかり目を通す良いきっかけになりました。
「知ってはいる」ということと、「深く知っている」のとはちょっと違っていて、
間はグラデーションでつながっているのかも知れませんが、
やはり、学ぶ程に見えるものは変わってきます。
それは何についても言えることですし、一方で、
日常の仕事に追われている我々が、すべての事柄に詳しくなることは、
誰にも土台無理なことではあります。
しかし、自分の生活や、まして命に関わる事は、学ぶしかありません。
マスコミの垂れ流しを信じて、命を失ってからでは遅いです。
開沼博さんの『「フクシマ論」 原子力ムラはなぜ生まれたのか』や、
武田徹さんの一連の著作(特に今回出た『原発報道とメディア』)は、
とても勉強になりました。
中央の行政・企業・科学者たちの原子力村のことはいざ知らず、
地方の原発を引き受けた自治体(原子力ムラ)にも、
固有の歴史と論理と立場があります。地方の矜恃もそこにはあるのです。
それに、日本全体が脳天気に原子力の未来を信じた時代も確かにあったのです。
見解の異なる相手を恫喝したり否定したりだけでは、議論の膠着状態は解けないと思います。
原発推進/反対、その他いろいろ立場はあると思いますが、
きちんと話し合える場を持つこと、相手の立場も理解してみようと努めること、
科学的・統計的な知識をシロウトも少しずつ仕入れること、などなど、
最もベーシックなことが我々には欠けていたのかも知れません。
(「我々」というより、自分かも知れませんが。)
そして、「知ってはいる」<「深く知っている」<「思い描ける」<「感じることができる」
と言う風に、知識も議論も深まっていかないといけないのではないでしょうか。
勝又進さんの傑作「赤い雪」も、普及版という形で再発される予定です。
原発は出てきませんが、そちらも傑作本です。
ぜひ、本書と合わせてご購読いただければと思います。