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●「蟻の兵隊」先行上映を見ました!(10月3日共済ホール@札幌)

 キノで10月14日から、2週間ロードショー予定のドキュメンタリー映画です。
 監督と、主人公の奥村さんというお爺さんが札幌にやって来る、ということで見に行きました。良いドキュメンタリー作品は、たいていメイキングの話も面白いものですから。

池谷監督と奥村さん


 で、やっぱ、見に行って正解。なかなかの作品&なかなかの爺さんでした。(爺さん、爺さんと連呼して失礼していますが、尊敬を込めつつ言っているつもりです。一途な思いを貫き、行動し続ける奥村さんは、背筋がまっすぐでカッコイイ方でした。ホントはそんなミーハー意識で片付くような軽い問題ではないのですが…。)


 ところで、「日本軍山西省残留問題」って知ってます? 正直、僕はぜんぜん知らなかったのです。簡単に言うと、終戦後も一部の日本軍が中国に残留して、当時群雄割拠していた中国の軍閥の一つに兵隊として参戦させられていた、という話なのです。何年もですよ。
 ひょえー!?中国残留孤児の問題ならもちろん聞いているし、満州引き上げの時の悲惨な状況も多少は知っています。ソ連に連れて行かれた(シベリア抑留)兵隊たちのことも、聞いたことはあるけど、こういう問題は知らなかったなー。

池谷薫監督


 当時の司令官の命令で、(戦争はもう終わっているのにも関わらず)帰国もできず中国で戦争をさせられていた兵隊たちは、 戦後だいぶたってから国を相手に裁判闘争を始めます(今やもう皆お爺さん)。彼らは占領下の日本にボロボロになって帰って来たにもかかわらず、国から「勝手に軍籍を離れた」と見なされ、恩給などの補償も得られないまま戦後を過ごしてきたのです。
 でも、裁判できちんとした証拠が出てきても司法はこれを無視。高齢化した彼らは、無念の思いで一人、また一人と亡くなって行くわけです。

 そこで、主人公の奥村さんは、より決定的な証拠を探しに、意を決して現在の中国山西省に単身乗り込んでいく、というストーリーです。この時奥村さんは、自分も含めて日本軍の部隊が、戦時中に中国人を戦闘員・非戦闘員(つまり普通の村人)も含めて殺した記憶があります。だから、「山西省に行ったら袋叩きにされる覚悟」で出かけて行ったそうです。

 この映画を「ゆきゆきて神軍」と比較することもできると思うのですが(あれはあれで傑作、ただし奥崎謙三キャラのハチャメチャさから、 トンデモ映画になっている)、あちらは主人公の内面でやや抽象化された憎悪の世界だとすると、この映画は”神軍犯罪追求リアル版”とでも言うべき内容です。

 だから、決してきれいごとの話にはならないのです。一人の人間の立場にも、被害と加害がはっきり錯綜しているところに、この映画の真髄があるように思います。大戦後の無意味な戦いにも騙されて駆り立てられた一兵卒としての無念の思い。(もちろんこの時死んで行った戦友たちも居ます。)その慙愧の思いを抱えた奥村さんが、歴史的事実を追及していく中で、軍国教育下のしかも戦時中だったとは言え、加害者になってしまった自分を正面から直視せざるを得ない…。

奥村和一さん


 そんな奥村さんたちの、”国に捨てられた兵隊”として、それでも前に進まざるを得ない悔しさも伝わってきます。また同時に、中国で意外な出会いが幾つもあり、奥村さんは戦争を更に深く振り返ることになります。「成長させられた」とご本人はおっしゃってましたが、実際、映画を見ていて色んな場面で涙が出ました。

 というわけで、見て損はない作品と思いますが、僕の中で未整理な点として、二つ上げておきたいと思います。(できれば以下は、映画を見たあとで読んでくれたら幸いです。)

 第一に、闘い抜いた者のプライドの問題です。その一貫性の問題、と言った方がいいでしょうか。

 右傾化著しい今の日本で、どこまで本気か、またどこまで歴史の事実を踏まえているかはよく分かりませんが、「あの戦争は正しかった」と主張する若い人が増えているらしいですね。
 この映画では、現代の靖国神社で講演する小野田さんのシーンが出てきます。戦争賛美派の聴衆に囲まれた小野田さんが、万歳のエールの中講演を終えて歩いていく。そこへ奥村さんが近寄って「小野田さん、侵略戦争、美化ですか?」と問いかける場面があります。二人の間に話し合いは無く、うやむやのままに小野田さんは去っていきます。

 これをどう考えたらいいのでしょう。小野田さんのロング・インタビューをNHKで見たことがありますが、彼は兵隊の中でもエリート、それも諜報員として訓練された人なんですよね。もともと頭も良く、特命を帯びた兵士だったわけです。その小野田さんの立場から見れば、(以下想像ですが)歴史上の敗戦の後も、山中で外部情報がなかったとはいえ、自分の意思でゲリラ戦を闘い続け、上官の命令(より正確には、昔上官だった人からの助言)で銃を置き、日本に帰ったわけです。そして戦後日本の状況を見て違和感を感じた彼は、南米に新天地を求め、嫁さんをもらって新たに牧場経営を成功させた。こういう人生を送った小野田さんはすごい人だとは思いますが、稀有な立場に居たとも言えるでしょう。信念を貫くという行為を、幸運も含めて、実力で全うしたような人生です。

 だから、彼の中では、「自分は正義の戦を闘い抜いた」という意識になっているらしいのも、ある意味理解できる――そんな気はするのです。(同じことを全うしてきたわけでもない人たちが、小野田さんに群がって迎合するのもどうかと思いますが。)

 一方、奥村さんはまさに「蟻の兵隊」。命令に従うという選択肢しかなかった一兵卒が、結局は国に裏切られ、わけの分からない理不尽な怒りの中で半生を過ごさざるを得なかったわけです。でも彼こそが、大多数の軍隊経験者の立場に近いのではないでしょうか。それとも、この二人の間にほとんどの日本人の意識があると言うべきでしょうか。

 しかし、この対立は「侵略戦争」vs「聖戦」という構図なのでしょうか?
 何かおかしいと、僕は思います。どちらも正確ではないのでないか、と思うのです。もっと言えば、どちらもそれぞれ正しい、いや、こう言った方がより事実に近いでしょう――戦争と一言で言うけれども立場によって経験したことは皆違いすぎるほどに違う。
 非常に難しいことですが、その様々な局面を偏りなく総合できたときに、初めて次の世代にとって戦争の姿が見えてくるのではないか、そんな気がします。そう考えると、加害の側面をきちんと歴史化できていない日本が、今の段階で「聖戦」などとうそぶくことは卑怯だと思うと同時に、「侵略戦争」と言っていたって、具体的な事実の全体像抜きに抽象的に振り返っているだけになるのでないか。いわば、口は謝っていても、「じゃあ具体的に何がどう悪かったと思っているの?」と問われたとたんに、返答できなくなるような、そんな軽薄な意識です。

 マンガ家の江川達也が(videonews.comで)言っていたのですが、阿片戦争あたりから流れを見ると、西欧列強に飲み込まれそうなアジアの中で、当時の日本の立場を考えた時に、単なる侵略戦争ということにはならない、というような話でした。はじめ「江川は右なのか?」と警戒しながら話を聞いていた僕ですが、右とか左(今はウヨ、サヨですか)という思考パターン自体、すでに形骸化した思考にはまっている、ということが、なんとなく分かったのです。もちろん侵略も確かにあったのですが。

 小野田さんにも奥村さんにも、生き抜いてきた人のプライドがあると思います。そして立場の違いがあって、奥村さんの目からは、国家というものの本質(=最終的に国民のことなんか考えてない)が良く見えるのだと思います。国は他国民にも自国民にも、きちんとした補償はしていないし、一方国民も、自分の身の丈分の責任を考えてこなかったという流れがあると思います。
 だから、単身中国に乗り込んで、新たな発見を次々にしているお爺さんに、すごく勇気を感じるのです。

 なんか舌足らずですが、次に行きます。(まだ僕の見識ではまとめられません)

 第二の、僕の中で未整理な点は、奥村さんが抱えている謎と重なります。一体、戦後の国家体制側(日本もアメリカも)は、この「日本軍山西省残留問題」について何を考えていた、のかです。

 明らかにここには、歴史的なタブーが横たわっていると思われます。奥村さんに残留の命令を下した司令官は、兵隊たちを中国に残したままこっそりと抜け出し、あろうことか日本に密入国してマッカーサーと会っていたという記録が見つかります。いかにも卑怯なやり口ですが、それはそれとして、そこで一体どんな会談が行なわれたのでしょう。
 僕はこの問題を最近知りましたが、体制側は戦後すぐからずっと、この「蟻の軍隊」の存在を掴んでいたことになります。もちろんアメリカも。???謎だらけです。

 ところで、ポツダム宣言、サンフランシスコ講和の体制下では、戦力の秘密の温存自体、重大な国家犯罪行為と、連合国側から見なされると思います。そして、それがもし一司令官の逸脱行動でなかったとしたら?(=当時の政府が裏で関わっていたとしたら)戦後早期に、すでに重大な世界に対する裏切りがあったことになります。
 もしそうでないならば、この司令官を正規に罰した上で、騙されていた下々の兵隊たちに補償をすればそれなりに一件落着するはずです。それなのに、日本はそうしていません。一体何を守っているのでしょうか、怪しさ満々です。
 また、アメリカの意図も解せません。いずれにせよ、上層部で何らかの密約があったことは間違いないと思いますが。

 アメリカの公文書から、この事件に関する資料を集めるべきではないでしょうか。どんなことが語られたのか、知りたいものです。きっとそこには、国民のことなど二の次三の次と考える日本の姿が浮かび上がってくるように予想するのですが。

 というわけで、「蟻の兵隊Ⅱ」がもしも製作されるとしたら、(1)奥村さんと小野田さんの対談、(2)奥村さんが英語のできるスタッフを連れてアメリカの公文書館に乗り込む、などあるといいなと夢想します。

 でも本当は、それこそが、僕ら下の世代のするべき仕事なのかも知れません。
 以上、感想でした。
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戦争美化ですか?と問われた小野田さんは「美化ではない。回想しているだけだ。敗戦の詔書をよく読め」と奥村さんを諭していますよ。

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