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●実にどうでもいい選挙に対して、明日投票に行く自分自身のために

明日、参議院選挙投票日か…。
やる気の起きない選挙だなぁ。

このところずっと忙しかったし、
日本の政治の迷走が目にあまる状況でもあったので、
書きたいことがある意味無数にあって、結果書けず、
ブログがストップしていた。
が、また書けるだろうか。

??んー。
書けないかも。

なにしろ、圧倒的に時間がなくなってしまったので。

ただこれまで、「なるべくきちんと書こう」としていた節が自分にはあり、
それだと良く調べて納得いくまで書きなおして、
それからアップみたいな無理がかかるので、
もうちょっといい加減に、放言として書けばいいのかも、
と思い始めた。

テキトー。

ど~せ下々の我々がガタガタ言ったところで、
支配者層の皆皆様が方向を変えてくれる、ということもまた
ないのは分かっているのだし。

…。

ただ、こないだ蠍座で加藤周一の映画
「しかし それだけではない。加藤周一――幽霊と語る」
を見て、
ざわっと来たシーンがあった。

正確な言葉は忘れてしまったが、加藤はこういう意味のこと言っていたと思う。

――たった一人の人間が何を思っても世界は変わらない。
皆そう思うだろうし、それはその通りでもある。
しかし、世界というのはそもそも、誰かが認識しなければ意味を持たない。
何億もの人間の認識する世界がそれぞれ重なって、
世の中は動いている。
だから、一人の人間が何か思うことからしか世界は変わらない。

風の吹く草叢だったか、林だったか、場面は忘れたが、
アメリカに戦争をしかけたその日の報道を聞いた時に、
「ああ、日本はもう終わりだ。自分達も死ぬのだろう」と直感したというほど、
歴史認識が鋭く正確で、
結果どうしても、孤独な知識人であらざるを得なかった加藤の言葉だ。

そうやってある時代を、
自分自身のためのスパイのように心を閉ざし、
また閉ざさざるを得ず、
しかし、孤独な反戦主義者(厭戦?)どうしが、
ベンチにナイフでこっそりラテン語で
「Pax in Terra」(パックス・イン・テッラ=地に平和を)と掘り、
「分かる人にだけでも、この思いを伝えたい」と願っていたという、
そんな時代を生き残った人の言う言葉だ。

(若い人への解説:戦時下の日本でそんな思想を持つこと自体、当時、間違いなく政治犯扱いされた。見つかれば少なくとも逮捕されたろうし、どんな取調べをされ、どんな罪になるかわからない状況だった。)

誰かが何かを思うことからしかこの世界は変わらない。
少なくとも人間にとっての世界は、そうだと思う。

くだらない選挙だ。
入れたい候補など、特に自分の地方区にはいない。
それ以前に、支持したい政党が、無い。(これは前から同じ)
しかし、投票は戦略的にやるものだと思うので、明日は投票する。

だが同時に確認しておく。
馬鹿が集まっていくら投票をたくさんしても、
それはそれで何も変わらないどころか、悪いことさえ起こりうる。

小泉でフィーバーになり写真集が出たのは何年前のことだった?
その後、日本人はいくらかでも賢くなったと、
あなたは思えるか。僕は思えない。
その前に、そう言う自分はどうなのだと問うしかない。

どのような結果が出ても、
そもそも政治家が国を動かせないシステムになっているこの国で、
大きな期待を抱くこと自体が阿呆なのは分かっている。
政治がどうなろうと、それとは別に、自分は幸せでいる方法も、
可能な限りでは模索しないとならない。

このような状況では、
小泉の時代に「すべり台社会」化がどんどん進んだのと同様に、
何らかの苦しみをさらに追加して、下々は味わうことになるのでないかと思う。

だが結局、それは自分達のせいだ。
烏合の衆には烏合の衆の政治。
そいつらのレベルに合った環境しか、できるはずがない。当然だ。

日本人はきっと、かなり痛い思いをしないと、気付かないのだろう。
それこそ自己責任なのだが。

暗澹たる気持ちで、しかし明るいふりをして生きていく。


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選挙、私は行きませんでした
狭い世界でバタバタして生きてます。
世の中や周りが凄いスピードで動いていると 逆行したくなってしまいます…

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