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●民主党に冷ややかな目線を送りつつ、大本営状況からの脱却を考えてみる。

今日の民主党の動きは、(両院議員総会での事実上の言論封殺や、与謝野入閣の情報など)かなりの国民をこれまで以上に落胆させたことだろう。ツィッターを見ていても、怒号の嵐という印象に思える。当たり前だが。
例えば↓(ブログ系では)
・田中龍作ジャーナル「発言封殺のシャンシャン民主党大会」
http://tanakaryusaku.seesaa.net/article/180552325.html
・書に触れ、街に出よう「民主党の民主主義が死んだ1・13党大会! 終了と同時に支持者が大量離反!」
http://nicoasia.wordpress.com/2011/01/13/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E5%85%9A%E3%81%AE%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%8C%E6%AD%BB%E3%82%93%E3%81%A01%EF%BD%A513%E5%85%9A%E5%A4%A7%E4%BC%9A%EF%BC%81%E3%80%80%E7%B5%82%E4%BA%86%E3%81%A8/

だが、ひとつだけ良い点がある。
その会場の様子が、マスメディア以外のルートで多く流れたということだ。
フリーランスもその場に行けて、USTなどでほぼリアルタイムでその場の状況を(ある程度)知ることが可能だった。

日本の似非民主主義は八方ふさがりで出口が無いが、メディアという分野に、小さな針の穴が開きかけている。
これは、マスメディアに対する国民の疑念の膨らみが、頂点まで来ているからではないかと思う。
(ネトウヨすら”偏向報道”という言葉を使って主張しているくらいだ。)

これに関して痛快なのが”週刊上杉隆”だ。
↓「小沢一郎氏が「ニュースの深層」に生出演。番記者の現場立ち入りを禁じた筆者の真意とは 」
http://diamond.jp/articles/-/10731

上杉氏は言う。(上記から引用)
「 昨夜、朝日ニュースターに集まった40人ほどの小沢番の記者クラブ記者の控室、スタジオ、サブ調整室入りを拒否したのは筆者だ。
 その代わり、フリーランスの畠山理仁氏と村上隆保氏だけに、スタジオ以外の自由な取材を許可した。よって、畠山氏のツイッターだけがCFや放送以外の雑談まで報じることができたのだ。
 こうした措置を講じるのはもちろん初めてのことだ。こんなことは決してやりたくなかった。案の定、記者クラブの記者たちはその扱いに怒り、「ふざんけんな、上杉!」と陰で勇ましく悪口を言っていたという。
 だが、これで分かっただろう。筆者はこれとまったく同じ仕打ちを10年以上受け続けてきたのだ。
 しかも、それは自分の番組やプライベートな記者会見ではない。公的な政府の記者会見において、このような仕打ちを受けてきたのだ。
 それでも怒りを抑えて、筆者は交渉を繰り返してきたのだ。」

ぷっ。笑える。
これまでフリーランスを閉め出してきた記者クラブメディアが、上杉隆に閉め出されているの図。

記者クラブ問題、否、会見開放問題は、業界の縄張りの争いなどという矮小な問題では決してない。
これまでTV・大新聞の画一情報スクラムに洗脳されてきた(今も)国民が、
今後多様な情報に触れて、その結果、(戦後初めて)その洗脳から逃れられるかどうか、
その瀬戸際に我々は立っていると思うのだ。
誰も大本営発表に操られた歴史を繰り返したくないだろう。

つまり事態は、我々の”情報権”というところに行き当たる。
そして情報権は、知る権利ばかりでなく、発信する権利も含まれる。

記者クラブメディア側からも心ある声は、ほんの少しだが聞こえている。
北海道新聞の高田昌幸記者は、The Journal”新聞社のデスク席から”の中で、
「既存メディアは本当に「敵」になるのか」と題した文を寄せている。↓
http://www.the-journal.jp/contents/takada/2011/01/post_10.html
高田氏は言う。
「会見にフリー記者や雑誌記者が大勢参加するようになったとしても、「問題」など何も生じはしない。仮に、多少の混乱があったとしても、それは改善当初の、一時的なドタバタに過ぎないであろうし、そもそも既存メディアが質の良い報道を目指すのであれば、多様な取材者の中で揉まれることに、いったい何の問題があるというのだろうか?」

記者クラブに”禁止”されている動画生配信を強行した畠山理仁氏は、
マガジン9「永田町記者会見日記」に「私はなぜ「記者クラブのルール」を破ったか。(その1)」
を書いてここ最近の経緯と彼の行動の理由、およびオピニオンを載せた。↓
http://www.magazine9.jp/hatakeyama/110113/index1
(引用)「「国民の知る権利」を不当に妨害している記者クラブの「閉鎖性」を、片山大臣はもちろん、記者クラブの方々、そして国民にも気づいてほしかったからだ。 」

少しずつ、少しずつだが状況が変わり始めている。
堤防の決壊には、まずは小さな穴が開けば良い。あとは時間の問題だ。
だが壊れた後のことを考えておく段階に入ったのかも知れない。

課題はいくつもある。
(1)本当に取材力のあるメディアをどう支えるべきか?(金銭面、人材育成面)
(2)だらだらと無意味に抵抗し続ける可能性の高い記者クラブ側を、どう効率的に抑えていくか。
(3)国民(市民?)側の情報リテラシーをどうやって高めていくか。

このあたりを準備していかないと、ツィッターで烏賀陽(うがや)弘道氏が言っていたように、
堤防は壊れたものの、洪水に巻き込まれて、大も小も含めてメディア総崩れとなり、
結局、既得権益側の大勝利という可能性もたしかにある。
メディアの力が損なわれてしまえば、大本営すら必要なくなる。裏に隠れた権力者の高笑いが聞こえる?

そんな中、フリーランス・ジャーナリストの活動の他にも、多少の動きが出てきている。
現段階では海のものとも山のものともつかないが(失礼。ネットで見かけただけなので、その実質的動きまでは未知数という意味です。)、
「ネットメディアと主権在民を考える会」
http://netshuken.blog103.fc2.com/
http://www3.rocketbbs.com/731/bbs.cgi?id=terakoya&mode=res&no=2888
「立ち止まって考えよう国民会議」
http://kokuminkaigi.jp/
~こちらは、ネットと活字媒体をつなぐために、週刊朝日に見開きの意見広告を載せたそうだ。
http://kokuminkaigi.jp/wp-content/uploads/2011/01/asahi1.pdf

去年はUstream元年だった(日本で)。
誰でも簡単に発信できることを体験的に知った有象無象の中から、
次は発信する行為の楽しさを超えて、内容への興味関心が高まってくるのだろうか。
すると、(新たなフェーズでの)日本の市民メディア元年に、今年がなるのかもしれない。(そんなに甘くないかも知れないが…。)

で、この点については、他人事ではなく自分事に、私自身を入れた多くの人がなっていくと良いのでは、
と思われる。プロはプロなりに。シロウトはシロウトなりに。

そうそう、こんなニュースもあった。
「ビデオ撮影許可不要…進んだ町議会の傍聴ルール」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110113-OYT1T00370.htm
全国のどこでも、小さな町議会、村議会から、議会や記者会見など公的情報の本格的公開化が進めば良い。
それがあったりまえのことになる状況をこそ、我々が作って行くということになろうか。

落胆しながらも、でも気にせず進もう。それしかない。
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