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●岩上安身氏の「同時逆取材」と、内閣府と、市民メディア~長い洗脳から少しずつ醒めるエクササイズ

先ほど、岩上安身さんが毎日新聞の鈴木さんという記者の取材を受けている動画を見た。
取材されながら、「岩上安身が、あるジャーナリストの取材の様子を撮影して公開~!」、という目論見だ。簡単に言えば、”同時逆取材”だ。
今回は、生中継ではなく、録画である。
http://vimeo.com/18926448
岩上氏、同時逆取材(←上記の、岩上氏の動画サイトから)

その二人の会話の中で、下村健一さんの話が出てきた。
というか、実は取材主(しゅざいぬし、そんな言葉あるのか?)である毎日新聞・鈴木さんの興味は、「ジャーナリスト・下村健一が内閣府参与になったことは、どんな意味があるのか」、という辺りにあるようで、それについての意見を岩上安身さんに求めて来た、という趣旨だった。
独特なメディア活動をしている岩上さんに白羽の矢を立てたのは、正しいと思う。

ところで、下村健一さんはTVにも出ていた(いる?)はずで、
顔を見れば知っている人はかなりいるレベルの有名人かなと思う。
(ちなみに、岩上、鈴木、下村、3人ともほぼ同世代だという。)

下村さんは、かなり前から市民メディアに興味をお持ちの方で、
なんだったかな、市民メディアのアドバイザーみたいなことをネット上でもやっていた。
http://ken1.tv/index.html
また、「市民メディア全国交流協議会」にもちょくちょく顔を出し、
http://sites.google.com/site/jcammain/
例年、ラストのセッションの司会をやったりしているので、少し知っているような気分だ。(あくまで気分)
二言三言、話したことがあるだけだが。

洞爺湖G8の時に、僕は札幌でアクティビスト向けの「市民メディアセンター」を運営していた一人だったので、
その前後のあれこれで、ちょっとメールのやり取りをした、くらいの感じだ。

岩上さんの”同時逆取材”のビデオの中でも出てくるが、下村さんの人格は穏やかで嫌味のない人で云々という、岩上さんの話はとても納得できた。

たぶん、下村さん個人は(推測にすぎないが)本当は官邸の情報をオープンにする方向で動きたいに違いない。基本的なスタンスは、市民メディアに自分から関わるくらいの人だ、自由な発信、自由な参加というあたりにはあるだろう。(政府から求められている仕事が何かは知らないが。)
しかし今の段階で彼の活動があまり見えてこないのは、
まだ仕事が水面下だからなのか、または何らかの事情でスタックしているか、
おそらく、そのどちらかだろう。

同じ”内閣府参与”になった、湯浅誠さんや清水康之さんの経験をうかがってもそうである。
参与は、部下が一人もいない立場であり、
「参考意見を言うだけ」というのが基本的な立場らしい。
もちろん何らかの影響力を行使できる場合もあるようだが、それは相手(=内閣)が意見を受け取るか否かにもっぱら依っているらしい。組織を持たないので、単独に動いても何もできないのだ。
だから相手次第では、全く何もできずに終わる可能性もある。

でも下村さんは、また今年の夏(か秋)の「市民メディア全国交流協議会」に顔を出して、何か成果を報告したいような気持ちでいるのではないかと、一方的に想像する。
(たしか、2011年は仙台でやる話になっていたかと。)
常日頃、「市民メディアがもっと盛り上がってほしい」という意味の発言をしていた彼の気持ちに嘘はないと僕は思う。

でも現実には内閣府での仕事はいろいろ難しいのかもしれないとも思う。

菅政権の迷走については、僕は岩上さんの意見とかなり近い。内容的な期待はもうしていない。
菅さん自身はきっと感覚的には庶民派だった(過去形)人で、自分は国民に意識が近いつもりでいるのかも知れない。たしかに、どこぞの政治家二世ではないので、特別お金持ちの育ちでもないのだろう。そういう意味では、「庶民派の総理大臣が日本で初めて出てきた」と本当ならば喜びたかったところだ。

だが個人的なファンではないので、やっている事で判断すれば論外の状況と言わざるを得ない。
せめて、記者会見のオープン化を進めて欲しいのだが。(それだけで歴史が変わるきっかけになりうるので、ぜひこれくらはやって!)

しかし下村さんが参与になってもほとんど変化の声を聞かないところを見ると…。
…。
期待すると疲れるからな~。

「市民メディア」という言葉は、誰の口から出ても、それぞれの人が独自のイメージを持って語っている感じがして、でもすり合わせてみると少しずつ異なるような気がする。
岩上さんが言う「市民メディア」と、下村さんが言う「市民メディア」とは、たぶん意味が重なりながらずれている。

そもそも、日本にはまだ「市民メディア」が広く認知されていないし、当然、イメージが共有される段階には来ていない。
たしか宮台真司さんもビデオニュース・ドットコムで「我々も市民メディアですからね」と言っていたことがある。これまた異なる印象だ。まあ、違っていいのだが。

でも定義云々よりも、今実践する中で、我々はどんなメディアが欲しくて、その中で市民として発信したいこと、できることを、どんな姿に求めているのか、行動しながら組み立てる、そう考えるべきなのだろう。
(※さらに「市民」という言葉の定義に突っ込むと、話はより混乱するので今日は止めておこう。)

で話は最初に戻るが、毎日新聞・鈴木さんは今回の取材で、「市民メディア」の切り口は持っていたのかな、いないのかな。記事はもう出ているはずなのだが。

改めて、ふと気が付くと、面白~い風景が広がっている。

既存の大新聞メディアの記者が、岩上、下村ラインの動きに興味を持って活字メディアに書く。
それを岩上さんが動画にしてネットに上げる。
すると我々も(マスメディアの中の)鈴木さんという人の”ひととなり”を見ることができて、人間くささを感じる。
この時、おおげさだが(また鈴木さんにそんなつもりはないだろうが)、我々は既存メディアの背中を見ていることになる。

そうそう、マスメディアの背中と言えば。
民主主義に反するようなコメントを平気でフリーランスに吐く、記者クラブメディアの大新聞記者達は、その暴言をネットで観察されていることをどのくらい意識できているのだろうか。背中を見られているという自覚はあるのか?丁寧な文体を使っても口調が穏やかでも、内容が暴言ということはある。(市民の敵に成るならハッキリそう成なれば良い。)
http://tanakaryusaku.seesaa.net/article/180197674.html
そういうことに、今の風景(”同時逆取材”)はつながっている。やり方次第で、ポジティブにもネガティブにもなりうると思うが、これだけは言っておきたい。今後、記者クラブに張られた張り紙は、もうクローズドではあり得ない。ゲームが変わったのだ。

それぞれのイメージや定義が異なる「市民メディア」や「マスメディア」が、不思議な角度で出会っている。
少なくとも、メディアの構造が上意下達のピラミッドでなくなったことは大きい。
いろんな角度から見てみるということを、理屈ではなく、実際の動きとしてメディアの中に今見ている、というのが我々の状況なのかもしれない。

現実感という言葉が一瞬ぐにゃりとゆがむ。
長い洗脳から少しずつ醒めるエクササイズ。

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