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●サイード「Out of Place」を見た

 ミクシー友達から、某大学にて「エドワード・サイード Out of Place」の、講演会付き上映会があるという情報を得て、そそくさと出かけた(12月11日)。首都圏では中野ポレポレとかで、この手のドキュメンタリーはかかるようだが、北海道では全くと言っていいほど見るあてがない。見たくとも見れない。
 ちょうど都合も合うし、これを見逃さずにおくべきか。


 大学の階段教室は4割ほどの入りだった。もったいない、学生がもっと見て欲しい。というのは勝手な個人的思い。

 サイードのことを解説するほど詳しくない。名は知っていたが、著書も読んでいない。彼の人生の軌跡を、死去のニュース番組で聞き知った程度だ。パレスチナとイスラエルの間、キリスト教世界とイスラム世界の間、などの”境界”を渡り歩いた、否、”境界線上”を歩き続けた人。現在の世界情勢の中で、こんな引き裂かれた、こんな特殊な立ち位置があるだろうか。パレスチナ出身のキリスト教徒とは、なんと微妙な立場だろう。

 実はこの日の講演は、監督が病欠したため、プロデューサーの山上徹二郎氏が代役をつとめた。が、話は具体的で面白かった。映画の製作を中心にいろんな話題があったが、ひとつだけメモから引くと、「日本がアジアの中のイスラエル化している気がして仕方ない。これは米の戦略。中東の中のイスラエルは、アメリカの戦略。それと同じ」。鋭い一言だ。(正確な聞き取りとは言えないので、この引用の文責は僕にある)

 さて、映画だが、これがとても静かで地味な作品だった。映画の中に、現在生きているサイードの姿は登場しないのだから、これはある意味、無理もない。企画をしている段階でサイードの訃報が入り、当然ながら、一時は製作中止の方向になりかけたという。しかし、不在になったサイードの足跡を追うロード・ムービーとして製作された。
 サイードの育った家、彼の墓、子供時代の断片を映したホームムービー、妻や娘、彼を知る友人や学者たちの談話、著書からの引用…エトセトラ。サイードがどのように育ち、生き、何を考え何を目指し、どこまで出来て何ができなかったか、などなどが語られていく。世界的に高名な人というイメージの強いサイードだが、パレスチナの一般人には特に知られていなかったりもする。全体に、様々なサイードの生き方の痕跡をコラージュしていくうちに、(図ではなく地として)シルエットのように彼の生き方が浮かび上がってくる、そんな映画だった。
 二つの民族が一つの国家を形成する、という考え方がある。ところが考え方も何も、実際に異民族同士が同じ地域に長く平和に住んでいた歴史がある。今も、著しい矛盾を抱えたままではあるが、成り行きのままそのように生きている町がある。平和共存、というよりも、一触即発の矛盾を内部にはらんだままとにかく実際に同じ場所に生きている、という雰囲気だったが。

 正直、中東情勢の基本も知らない僕にこの映画を評価することは無理だ。が、一人の人間が、世界レベルの矛盾のただなかで、かすかな希望の光を信じて行動し続けた、ということだけが分かった(それしか分からなかった)。サイードは、音楽を通じてパレスチナとイスラエルの子供たちを出会わせるという活動を行っていた。それがどの程度、希望の光になるのか(ならないのか)僕には分からない。政治家から見ればちゃんちゃら可笑しい些事にすぎないのかも知れない。逆に共感を抱く人が多少ともいるのかも知れない。

 以前ならば、歴史も習慣もひどく異なる、遠く離れた中東の、あまりにも複雑な政治的背景のある対立に関して、「本当はよく分からない」と言っていれば、それが正直な事実でもあり、異文化への敬意のフリにも見え、ある意味都合よく済んだのかも知れない。しかし日本は、アメリカの尻馬に乗ってイラク戦争(侵略?)に加担してしまった。いや、今もしている。「分からない」の一言で敬意と距離を保てる立ち位置には、もう我々は立てない。かと言って、台頭する"プチ・ナショナリズム”に同調する気になど全くなれないし、こんな阿呆な連中と一緒の舟で沈んでいくのはごめんこうむりたいくらいの気持ちだけはある。日本に属していることへの違和感は常にあるのだが、では努力して日本人以外になりたいかと言うと、それは茫漠の場所へ足を踏み出すことのようにも思える。
 国と自分?この脆弱でうつろいやすい関係。というより国というシステムは一体何なのか?ああ頭が混乱していく。今の僕に言語化する力は無い。

 これじゃ感想文にすらなっていない、とは思う。ただ、サイードが、多くの人が自明と思っているようなタイプのアイデンティティを持たず、それでも最後まで行動し続けたことだけは感じられた。”感じられた”のであって、まだ”分かった”とは言えない。いずれこの映画のDVDが出たら、ぜひ手元に置いて時々見てみたいと思う。今の僕には深く理解できない珠玉の言葉が、きっとあちこちに散りばめられているような気がするから。
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コメント


こんなイベントがあったんですね。知らなかったよ~。このエントリ読んで、本棚に積んどいてあるサイード「オリエンタリズム」のことを思い出しました。読まねば。ところでyukkyさん、映画「麦の穂を揺らす風」は観た?

「麦の~」見忘れました!
アンコール上映があるようなので、
その時見ます。

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