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●ユッキーの個人ツアー10日目・山ドキュ、楽しんでます。

5日

事実上の初日なので、
がんばっていろいろ見た。
4本見た。
めぐりあい


「アレンテージョ、めぐりあい」
どんな映画化全く知らず見に行ったが、
これがびっくり。
美しい映画だった。

ポルトガルの漁村。
たぶん貧乏ですごく辺鄙なところらしいが、
美しい歌に満ちた土地であるらしい。
そこを半世紀ほど前にとある詩人が注目し訪問し、
村人の美しい歌声や音楽を、貴重な宝石のように記録する。

その詩人に引きずられるようにして、
やがて何人かのアーチストも村を訪れ、
ここをロケ地に映画も撮られた。

しかし、それもすべて昔。
数件ほどあった漁師の家も無くなり、
村の伝統もほとんど消えた。
今は誰もいない海があるだけ。(すごく波が高い)

その村に、
当時の映画を持ち込んで、
上映会で村人に見てもらいながら、
今の村を撮る。

すると見えてくるのは、
”もう無くなってしまったもの”の
圧倒的な存在感だ。

フィルムはすべてを(一見)記録し、
あらゆる記憶を残す。
しかしすべてはもう無い。
記録を見る人たちの仲に記憶が生々しく蘇り、
それを見る我々も感動することはできるが、
しかしそれもフィルムの中だけの世界ともいえる。

この映画は、過去と現在が層になって重なり、
音楽と語りが不可分に結びつき、
記憶を見ているのか、
記憶を見ている自分を見ているのか、
混乱するように構成されている。

しかし美しい。
音も、光も。

20世紀、
たぶん世界中のいろんな国で、
このように多種多様なものが失われた。
日本もそういう国の一つだ。

記憶、記録、不在、現在。
その意味。それらの関係。

たとえば、死んだ人は居ないが、
自分の母親は、自分の中に間違いなく生きている?
そのような、人の記憶というものに関するとても詩的な考察。

素晴らしい作品だった。
(いきなりやられましたな)


「にっぽん戦後史――マダムおんぼろの生活」
マダムおんぼろ

今村昌平追悼。
日本の戦後の歴史を、
たくましく生きる一人の女「マダムおんぼろ」に重ねて描く。
面白い発見、随所にあり。
スタンダードと言っていいほどの傑作だと思うが。

蛇足。
マダムおんぼろの生き方は、
今の日本人なら、なんらセンセーショナルに感じないであろう。
当時はそうでなかったといことが、興味深い。


「紙は余燼を包めない」
紙は余燼を

カンボジアの娼窟に2年間住み込んで撮影したという、
生活に密着したドキュメンタリー。
「余燼(よじん)」って燃えさしの意味。知らなかったです。
彼女たちが良く撮らせてくれたと思う。
2年間も、良く撮ったと思う。

が、このような現状を成り立たせる一部になっている先進国の人間としては
これからどうするか。
あるいは、
このような人が居ると言うことを、
作品として享受することで、終われるのか。
その意味で、作品がいいとか悪いとかの議論が無意味になるほど、
棘が刺さって残る映画だ。
ただ淡々と撮っているのに。


「バックドロップ・クルディスタン」

バックドロップ

身近なことから取材を始めるという
近頃の方法論としては良くも悪くもありがちな前半だが、
謎解きのためにトルコに飛ぶあたりからの混乱が
素晴らしいと思う。

監督は
ふたつの意味で勇気があると思う。
ひとつは何にも知らないということを晒す勇気。
それと近いが、
何も知らないままで飛び込んで行く勇気。

運もあると思うが、
面白かった。

クルドの土地に入って行けば行くほど、
何か真実が分かるというよりも、
事実が多様でどんどん分からなくなるあたりが
スリリングだった。
そばによればハッキリ見えてくるものだと、
普通は期待するのだが、
かえって分からなくなるのだ。???

最後、強引なまとめであるにしても、
主人公のクルド人のお父さんが生きていたため、
作品は肯定的なトーンで終わっていた。
というか、そう終わることが可能だった。

しかし、もしそうでなかったらどうだったのか?
(トルコ政府に殺されるなど)

こちらの思考に混乱を残す作品と言う意味で、
意外に秀逸だったと思うが、
監督だけでなく日本人全体が、
運だけでなく、(また心意気だけでなく)
も少し考えてみると言うことが必要な気がする。
(でもクルド人のことまで詳しく知ってる人なんて、
そんなに居るはずないよな…。)

それはそれとして
日本政府の対応は、
あらゆる意味で、やはり謎、いや、意味不明である。
何を求めて父と息子を強制送還したのか?
(ここで不明と言っているのは、正義は何か、ということでなく、
何を得たかったのか、というレベルで。)
これはこれで事実として知りたいなと思った。

家族愛の感動と鬱陶しさは
それはそれでスペシャルなものとしてあるが。

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