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●ユッキーの個人ツアー12日目・山ドキュまだまだ

7日
映画祭。

どうもあまり自覚はなくても、濃いドキュメンタリーは脳が疲れるようで、
午前中、ぼんやり過ごす。

午後から出掛ける。
七日町路上ライブ

映画祭会場近くの路上では、ライブや屋台など
いろんなイベントをやっている。

「アベナキの人々」
アベナキ


カナダの先住民族(いわゆる”インディアン”?)の女性監督の映画。
どうやって自分たちの歴史が剥奪されてきたのか、
それに対して祖父母や祖祖父母たちがどんな風に文化を守ってきたのか、
また守れなかったのか、
家族、友人の記憶と、歴史記録とを混ぜ合わせて描く。
カナダの先住民の歴史は、アメリカのそれとはまた違う。
だが、彼らの権利が最近まで著しく制限されていたという意味では共通。

独特の籠を編むことで生計を立ててきたお母さんたち。
樹皮をはがしてカヌーを作る知恵が、一度ほとんど失われかけたこと。
だが、それを取り戻そうと努力している若い世代、などなど。

教育映画として使えるほど丁寧な作りで、
自然や風景が美しく撮れており、見るだけで少し癒される。

上映後の質疑応答で、やはり日本のアイヌの話が出る。
アイヌ自身の手でこういう映画がたくさん製作されるような状況が、
日本にも訪れるべきなんだろう。
監督さんによると、少数民族自身による映像作品の製作は、
数も増えていまや普通のことになっている、と。

ここいらで、大会場で上映される比較的メインストリームの作品ではなく、
ちょっと外れものの作品が見たくなり、
会場を移して、中国の作品、
「夢遊」
を見に行った。
夢遊


これが(上に書いたような意味では)ある意味アタリ。
ある意味ハズレな作品で。
うんざりしつつ笑ってしまったというか。
端的に言うとゲテモノ系です。

冒頭、中国のアーチストたちが
俺たちの映画(ドキュメンタリー)を作ろう!と意気投合する。
一人はロック・ミュージシャン、
一人は絵描き(80年代には有名だった人だそうだ、今は高校教師)。
それなりに名のあるweb詩人(警備のバイト)。
そして、パフォーマンス・アーチスト。

皆、アートで生活はできず、それぞれに糊口をしのいでいるが、
こころは”何物にもとらわれず自由”でいることが身上のようだ。

社会がある程度の経済水準を越えると、こういう意識ってどこの国でも
出てくるのであろう。
彼らの暮らしぶりは、ヒッピーともまた違うけれども、
自由というより滅茶苦茶。

飲んでくだまいて、歌ったり騒いだり、夜中に墓地に悪戯しに行ったり、
なんだか昔の大学寮生の、
破天荒であろうとして破天荒をやっているような感じを、思い出す。
その目で見ると、
カメラに写っている姿も、自然というより、最初っからオーバーアクトぎみ?かも。
ロックでがんがん歌って室内の家具を壊したりビンを床にたたきつけて割ったり、
「最高!」
とやった後で、割れたビンを掃除しているところも写しているのが苦笑を誘う。

ただ、日本では笑い話でも、中国の文化抑圧の歴史を考えると、
これはこれで命がけなのかも知れない。
政治の風向きによっては、彼らもどうなるかは分からない。
そういう緊張感をかすかにどこかに孕んではいる。

とにかくやたらチンチンが出てくる。
すぐ裸になるのが画家。
それと、一番すげーなーと思ったのは、
パフォーマンス・アーチストがどんなことをやるのかと言えば、
「チンチンを出して逆立ちし、そのままずっと金玉をぺしぺし叩き続ける」
これが彼の作品なのだ。
一見マスターベーションかと思うが、どうもそうではないようだ。
ただただどこまでも”無意味”に捧げられた行為だ。
まず絶対にお金や人気に転化することのありえない行為。
彼はず~っと追求し続けているのだ。

皆が飯を食っている時や、ゲームに興じている時など、
その場の空気と無関係に、彼はこのパフォーマンスを展示する(=逆立ちしてチンポ出してぺちぺち)
皆もう慣れているらしく、周囲は誰も驚かないが、
「これが芸術なんだよ」とか
「神聖なものだなぁ」とか、(本人のではない)コメント。

そうか?
という気もするが、彼のアートが一番狂っているのは間違いない。
彼らは当然、金のある連中でもないので、
出てくる部屋もなんだか薄汚く、
画面は白黒で、
しかも何かといえば男のチンチンが出てくる映画
(かと言ってエロでもない)
と聞いたら、わざわざお金を出して見る人は減るでしょう。

見終わって呆れつつ笑った、というのが正直なところだが、
仮に、やりすぎ、露悪的自己顕示的な表現だったとしても、
とりあえず他に、こういうのはなさそうだから、
それなりに突出していたと言うべきでしょう。

どこの国にも、メインストリームの生き方になじめない連中っているものだ。
NHKで流される作品では絶対見れない中国が映っていたとは言える。
また、どことなく、
アーチストの”自由な”生活の、実は自堕落な部分も表現されていた気がして、
微妙に客観的見ている要素もあるのかも。
それはタイトルに微妙に現れている。
閉塞感と自由。情熱と無意味。ちょっとバッドテイストな夢の中で遊ぶ。

夜から、宮台真司講演会。「世界のドキュメンタリーを斬る」というタイトル。
宮台氏講演会

これを詳しく書くと長くなるので、別の項目で立てることにします。


「ミリキタニの猫」
ミリキタニの猫

面白かった!
機会があったらお勧め。
ニューヨークで路上生活しながら絵を描いている老人。
彼と信仰を深める女性監督。
そこに911が起こる。
有毒の塵がまだ街に舞う中、
誰もいなくなった路上にまだ老人はとどまり続けていた。
見かねて彼を部屋に入れる監督。
奇妙な共同生活が始まる。

徐々にこのホームレス画家が一体誰で、
どんな人生を過ごしてきたのか、
少ない手がかりからも少しずつ見てて来る。

あまり詳しく書くと、
もしかして見たときの驚きが減るので、
これ以上は書かないでおこう。

キーワードとして”戦争”が
意外にも大きくからんでくる。

ハッピーエンドでもあるし、
心温まる作品でもある。
911がきっかけで起こった、数少ない良いことのひとつ。
小さな奇跡に立ち会う映画。
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