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●ユッキーの個人ツアー13日目・山ドキュ「遭難フリーター」など

8日
この映画祭では、映画の上映ばかりでなく、
いろんな企画が組まれている。
興味あるものだけでも、全部見るのは残念ながら無理なほどで、
いい意味で、とても贅沢だ。
(見切れないのは、ちょっと悔しい。)
香味庵

(※↑毎日の上映終了後の交流場所になっている香味庵。この日はすごい人で、中に入りきれず通りに客やら監督さんやらがあふれている様子)

さて今日の午前中は、そういう上映とはまた異なる企画のひとつを、見てみることにした。
題して、ドイツ・シンポジウムⅠ「交差する過去と現在」

プログラムの中で、敗戦後のドイツ社会についてのドキュメンタリーを
多数上映しているが、
その監督たち(ドイツ)と、「蟻の兵隊」の監督・池谷薫(日本)氏を交えてのディスカッション。
ドイツと日本での、過去の歴史への態度について、
微妙な差異と共通性が話題になっていた。

ついで、
「12タンゴ ブエノスアイレスへの往復切符」
12タンゴ


を見る。
経済破綻したアルゼンチンで、人々はどのように暮らしているのかを、
タンゴのめくるめくような踊りと音楽に重ねて描いた作品。
と書くと、いかにも誰でも付ける様な解説になるが、
なんといってもやはり、音楽がゴージャスで、飽きることがなかった。

取材されているのは、
生涯をタンゴの踊り手として生きてきたお爺さん。
歳だがカッコいい。まだまだバリバリ踊れる。
彼は若い時、ヨーロッパを踊って回ったスターダンサーで、
本当はお金持ちとしての老後が待っていた。
しかし、国による銀行封鎖のため、ほとんど一文無しになってしまった!
昔の友達と、カフェテリアで過ごす日常や、
若手ダンサーを育てる彼の毎日を描く。

それと、もう一人。
家のローンが払えなくなり、
子供を残してヨーロッパに出稼ぎに行く、とても優しそうなお母さんと、
その家族。

一夜にして国民の預金がゼロになった国…。怖いなぁ。
国家の権力とは、そういうことが可能なのだな。
一方で、すっかり貧乏になっても、
お互いを助け合って生きているアルゼンチンの地域社会も見えてくる。

ひとつ物足りなかったのは、
国民を騙すような政府を維持(放置?)してきた国民として
彼ら自身がどう自らを振り返りるのか、
ほとんど言及がなかったことだ。
そりゃ地域社会が生きている、その逞しさはすばらしいんだけどもさ。
政治家が悪だったのは分かったけど、
今後にこの経験をどう生かすべきなのかの議論は
見えてこなかった。
(日本も他人のことはまったく言えないが)

”逆境に陥っても弱音を上げない民衆の逞しさ”
というプロトタイプから完全に抜け出していたとは言えない。

でも美しい映画だった。

「人はどうやって消されていくか」
人はどうやって消されていくか


韓国社会の現状を、
様々な映像のモンタージュ的配置によって
その空気感から描こうとする作品。
かなり硬派なので、多くの観客の喝采を期待して作ってはいない感じ。
たとえば日本が高度経済成長の時、
都市を中心に、これまでの日本人のあり方とは違う、
なにか殺伐とした社会の変化を表現した作品が
ドキュメンタリーに限らずたくさんあったと思うが、
韓国でも何か大きな変化が起こっているのだな、
ということは直感的に理解させる、暗示力にあふれた作品だった。
ストーリーの無い、こういう方法論もある。

「遭難フリーター」
遭難フリーター


けっこう楽しみにして見に行った。
会場は満席で、立ち見も入ってぎゅうぎゅう。
感想は一言で、十分見る価値があった、面白かった。
が課題は多い(←これについては、上映後の質疑応答で監督自身が言っていた。)

キャノンの工場で派遣労働者をやっている20代の監督自身を
セルフ・ポートレート的に撮る。つまり主人公も監督も同じ人。

フリーター問題、と仮に言葉にした時、
そこに属するすべての人が、顔の無い「フリーター」になって、
いや、させられてしまう、ということが思い出された。
彼はNHKの取材を受けて
可哀想なフリーター青年の一例に”されてしまう”。
それがクローズアップ現代に、”金がないのでそうめんだけを食べる”映像で流される。

このNHKのプロデューサーに逆取材かけるシーンが笑える。
「いやあ、こういう仕事やってて矛盾を感じると、仕事やめたいと思うときがあって」
とNHK社員に言われてしまい、
勝ち組(=ここでは正社員)のあんたがそんなこと言うなんて、
と監督がナレーションで突っ込む。

ひきこもりにも、ニートも、
どの問題もすべて一人一人の顔があって、事情は皆別々だ。
だから、問題は多面的多角的だし、
だから、いろんな事が言えるし、
たいてはそのどれもが、ある程度は正しく、ある程度は当てはまるが、
あまり当てはまらない部分もある。

このような性質を持つフリーター問題を、
雇用機会の問題、より具体的には派遣法改悪の問題と捉える視点ももちろん大事だが、
それだけでは削ぎ落とされてしまう個々のニュアンスもある、
ということを心の片隅に置かなければなぁ、と感じさせてくれた。

ラスト・シーンは、
深夜、金もなくあても無く、雨の中を東京の海岸沿いにまで歩き続ける場面だが、
そのありように上映後の質疑が集中した。
ある観客は、そこに”いやらしい作為”を感じたと発言し、
ある客は惨めさ、ある客は爽やかさを感じたという。
世代によっても反応が違うらしい。

どうやら真相は、
意図的に撮ったとも言えないが、後に意図的に場面を使用した、
ということのようだが、
素直に撮影しただけでこれだけの作品ができたのは、
才能やら運やらいろいろあると思う。
が、それだけで次も行けるかどうかは分からない。

懇親会場の香味庵で監督さんと一言二言お話できた。
上記のような素直な感想をぶつけてみたら、
ほとんど彼も同意。素直な人だ。

あ、それと、キノのYさんとお会いして、
20年前から毎回来ているというYさんの、この映画祭に対する思いを聞かせてもらった。
小川伸介の存在はやはり、とても大きいかったというのが分かったし、
映画祭の作品の選定って重要だよなあとか、
いろいろの感慨が味わえた。

そんなこんなで、深夜2時くらいになってしまい、
宿を取っていないため、
山形に1件しかないと思われるネット喫茶に泊まる。
が…。
硬い椅子のブースしかなく、まったく横になれない。
熟睡不可能な夜になってしまい、これは失敗。
まあ、旅だから…。
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